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まず第一に。
大きな声が出るということはいいことだ。この事実に異論を持つ人はいないだろう。そのまえに大前提として、いつも大きな声でしゃべれ、と言っているのではない。
小さな声でしゃべらなければいけない時もある。また、小さくてもしっかりと伝わる声が必要なんだ。また、普通の生活をしている限り、ほぼ100%あなたの都合の良い声の大きさでしゃべればいい。
しかしあなたの都合以外の声の大きさが必要な時、どれだけちゃんとした声が出せるかが問題なんだ。
結論。大きな声が出るようになればどんな時にも対応できる「いい声」の基本ができる。
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「いい」とは、はっきりした、つややかな、気持ちの良い、ひっかからない、小さくない、がらがらしない、
玉のような、とかいう形容詞にも置き換えられるが、突き詰めれば「通る声」と言ってしまっていいだろう。
で、どんな状況にも対応できる「いい声」は、大きな声を出すことによってのみ修得できるのだ。
それは、「声帯に少し大きな付加をかけて鍛え、柔軟な器官に仕立てる」ということ。
つまり筋トレみたいなものである。
それが達成されると、脳からの指令で声帯に大きな付加がかかっても、
またささやくような声でしゃべれという指令であっても、柔軟に対応してくれるのだ。
さて、鍛えられた声と、そうでない声とどれほど違うか?
たとえば大声コンテストですごく大きな声を出せる人がいる。機械で測定すると、デシベル数値上では
小さな声の人の倍くらいも出せたりする。でも「いい声」と
そうでないとの違いは、数値では計ることもできないし、そんなに大きな違いはない。
鍛える前とあと、使用前/使用後、ほとんど認識できないくらい。
でも落胆しないで。 クラスで30分の正しい発声練習をすると、次の日、必ず何人かは
「朝、『すごい声が変わったね』と回りに言われた!」とか、
「電話の声が違うねと言われた。」とか言ってこられる。
つまり、声のほんのちょっとの変化で人の印象は大きく変わるのです。
そして、その「声を鍛えるには訓練によってのみ」ということ。
やりましょう! ・・・しかない!
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