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最近、奈良県で「知らない子供に話しかけてはいけない」という主旨の条例が可決されたと聞く。
人と出会っても話しかけないということは、お互い初対面の人と話す場がなくなっていくので、「話せない」人になってしまう。つまり、話せない人をどんどん作り上げていく社会になっていく。恐ろしいことです。 |
話しかけられる側が被害者にならないようにとしていたことが、今度は自分の思っていることが表現できない人間になって、突然回りに理解できない行動を起こし逆に加害者になってしまうこともある。
例えば、ネパールの子供は、日本人の観光客にお土産を買ってもらうことで自分たちの生計が成り立つとわかっているので、日本語を覚え少ないボキャブラリーの中でも必死に食い付いてきて、なんとかお土産を買ってもらおうとする。ネパールだけではない。世界的にそういう地域は多くある。
もし日本人が鎖国をするならいざ知らず、このまま国際化を進めていったら、そんな自分の考えを話すことができない人間では生き残っていくことができないだろう。
自己を守るということであれば、逆に自分の考えを話せるように、そして話すことで相手を見極められるような「話力」つまり判断力をつけなければいけない。「話す」ということはただ声を発すると言うことではない。自分の思考をきっちりまとめられる能力、相手の考えを判断できる能力、自分の主張を一番いい形で表現できる能力、相手がどう考えているか想像する能力、そういうことの集大成。
今の社会のやり方は本質を見ていないと思うのだ。
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