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プレゼンという言葉がひとつの独立した語句として意味を持つようになってから久しい。
もともとは「プレゼンテーション」、紹介、披露、発表、提示、公開 などの意味を持っていたのだが、「パワーポイントなどを使って、
ビジュアル的に、またオーディオ的に、多覚的に、ある目的のために紹介すること」という
ふうに変わって来たのだ。
そのために起こってくる弊害がたくさんある。その最たるものは、聞き手に対してのコミュニケーションが希薄になったことだ。
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その原因は:
1ー映像、音響が非常に豊かになったために,発表者が勝手に「これはすごいだろう!」と勘違いしてしまい、聞き手に対してのコミュニケーションを忘れてしまう。
発表者のおしゃべりが、画面との対話になり、受け手を見ていない。実際、原稿読みに夢中になっている人が多い。
また場内がやや暗くなっていて、 聞き手を視覚的につかみにくいということもこれに拍車をかけてはいる。
2−逆説的にいうと、映像や音響がすごい質・量になったために、発表者を潰してしまっている。あなたがこの話は聞いてほしいと思う時に、相手がすごい写
真を見せられたら神経はそっちの方にいってしまう。あなたの話なんかそっちのけで写真に見入ってしまう。どんなにあなたがベストスピーカーであったとし
ても。
3ー確かにそういった技術的進歩はすごく、訴えるものもあるが、もしその内容が聞き手との間にずれが起こって来た場合、修正がきかない。たとえば映画が
そうだ。完璧に計算し尽くされたオーディオ・ビジュアルである。興味を持ってもらえているあいだはいいが、聞き手が寝てしまったといって映画を止められ
ない。講演なら「寝るな!」といって起こせる。
4−資料を配ることが常習化されてきている。話しを聞いてほしい時に、聞き手はあなたの話しを聞かずにスクリーンを見る、資料を見る、考える、勝手に想
像する。よっぽどの吸引力を持っていない限り誰もあなたを見もしないぞ。たとえば、美人、イケメン、デカい声、すごい衣装、何かあれば別だが。
プレゼンの原点は、「紙芝居」だ。
それは、まず絵を見せる。語る。聞き手をしっかり見る。表情を観察する。絵に合わせて、聞き手に合わせて声を変える。 ウケているかどうか確認する。
工学的には非常に原始的な、「紙」と「声」の勝負なので、話し手は五感のすべてを生かして聞き手を感動させなければならない。
だから感情がこもる。それが伝わるのだ。
原稿を読んでいる「紙芝居屋さん」がいるだろうか?それで感動を呼べるだろうか?
「弾がとんでき た。」じゃなく、「タマがピシッ、ピシッ、ピシッ!」と言わなきゃ現せないんだ。
以上、プレゼン精神論。 |
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